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「ふるさとウォーク」で過去を完了し未来の会話をつくる   

 夏の日差しと秋の気配の交差を感じる8月末となりました。先日、「今日だわ」と思い立って出かけたのは、私が生まれ15歳まで育った地。東京都内で近いのに、もう行くことはないと思っていました。大先輩の著名な作家の女性は私の心の師匠、目黒に移転してすぐにお話しさせていただいた折、昔話からふるさとの地へ行くと約束。億劫なのは体か心か、私だけが知っています。その日は決めていたのです、行くことを。時期が来たのです。

 先輩は違う目的で行くきっかけを与えてくれたのですが、行ったという報告をしたところ「本当によかった、何かが変わると思う、嬉しい!」と言ってくれました。自分がその土地に生まれ育ち体験した数々の出来事、その時の記憶や経験の積み重ねは何かと私を形成しています。そして、それをいい悪いでどのように判断したのか、自分や人をどう思うようになったのか、そこに私の会話の原点があるのです。

 JRの駅に降りてロータリーを見渡すと全く同じ順番でバス停が並び、大して変わっていない風景がありました。正面の商店街を抜け、歩き続けました。体はすべて覚えていて、行くべき方向へどんどん足が動くのです。懐かしい道、曲がり角、きれいに立て替えられていた八百屋さん、通った幼稚園、向かいの三角公園では誰もいない炎天下の中ふと思い立ってブランコに乗ってこいでみたら、幼いころ高くこぎすぎて怖かったことや、友達より運動が出来ないことを自覚した こと、母に何度も何度も背中を押して貰った手の強さや感触が蘇りました。

 さらにその先を歩くと小学校があり、校門からのぞくと正面にあった大きな桜の木は枯れて幹の み残っていました。空いっぱいに咲き誇る4月の満開の頃は花びらを追いかけて友達とどこまでも校庭を走ったものです。その脇の道をぬけると、日曜日に毎週父に連れられて遊びに行った場所があります。大きな刑務所と近くに芝生や公園があったのですが、今は刑務所は取り壊されて巨大な平和公園になっていました。ずーっと見渡して歩きながら、ツーッと涙が落ちてくるのを感じました。遠くまできたな~と思いました。芝生で四葉のクローバーを探し回ったこと、シロツメクサで花冠を編んだこと、ごろごろ寝転んで草のむせるような匂いを嗅いだこと、あれから30年がたっていました。
 
 その頃、刑務所の大きくて高い塀沿いに歩いて門を通り過ぎる時、それは絶対に開かず決して中は見てはいけない秘密の暗闇で、すくむような恐れを感じたものでした。今回、跡地は整備され別の建物にもなっていたのですが、その門は名だたる建築家の作品とかで、一角に門構えだけが保存され通れるようになっていました。
 
 思ったより高くはなかった門をちょっと見上げ、それから足を一歩進ませて、驚くほど簡単に門をくぐりました。そして少し散歩した帰り、反対側からまたその門をくぐってまさに塀の外へ出る、という体験をしてみたのです。門から出ようと足を外に出す瞬間、私は本当に自然にふと「完了です」と声に出して言っていました。その時、ふっと体の芯が夏の暑さにゆらめいたのか、軽く自由の身になったような気がしました。
 
 小さいころの恐れはもう大人になった私とは無縁で、塀は出られない言い訳ではなく、恐れもなく、威圧的でもなく、障害ではなくなりました。この時、私は自分のイメージの中で長年持っていた高い塀の囲いから自分の意志で外に出たのです。

 30年という年月、この門は心の中に溜まった目に見えないこだわりの象徴のようで、私が過去にどれほどの意味づけをしてきたことかを心底感じた瞬間でした。今回、あらためて幼い記憶の場所に足を踏み入れてみて、涙がじわじわ出るのですが、感傷でも悲哀でもなく、不思議にもそれはそこにあったこと、起こったこと、として懐かしく温かく置いておくことができました。   

 新しい自分の未来をつくる会話をスタートしたい時、過去をそのままにして完了する“ふるさとウォーク”はおすすめです。過去の出来事から生じる様々な会話による縛りを解くため、意識して完了をつくり、育った土地や思い出をそこにそのままに大事に置いておくだけです。過去のこだわりを持ち越さない、未来の会話をつくるために。

by kireijuku | 2005-08-26 15:32 | 会話心理学

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